奈良県吉野郡大淀町佐名伝自治会 歴史・文学・産業・行事・イベント・活動内容などの紹介

MENU
佐名伝について
温故知新
歴史
神社・仏閣
幻の寺
文学
あきひろの報告

行事
産業
レジャー
写真ギャラリー
写真ギャラリー2013
写真ギャラリー2014
写真ギャラリー2015

写真ギャラリー2016

写真ギャラリー2017

写真ギャラリー2018

 
佐名伝自治会
奈良県吉野郡大淀町佐名伝
お問合せ
  
  
トップページ >称林寺の梵鐘
 

幻の寺 称林寺

称林寺の梵鐘
 清月寺は仙崎白潟にある浄土真宗の寺院。(天明1781~1788年)のころに創建されたが、その後
衰退し無住の状態になった。しかし、幕末になり地元の強い要請で美弥郡大嶺村の西音寺住職の子息
 通次郎が修学し、法名を通信と賜り、1869(明治2年)に再興した。鐘は市内最古(県内4位)
のもので、鐘の高さ78.5cm,口径46.23cm鐘としては小ぶり。保存状態もよく簡素で美しい。
鐘に「大和国宇智郡佐那手 称林寺 正応二年、別当阿闍梨覚弁」と刻まれている事から、
鎌倉時代の1289(正応2年)の作で佐名伝の寺院にあったことがわかる。
 銘文の佐那手は、現在の奈良県吉野郡大淀町佐名伝。また大阪高津の鋳物商の明治26年の
古帳簿に「半鐘一箇口径大和国宇智郡佐那手 称林寺 正応二年己丑十一月晦日
 
 別当町阿闍梨覚弁」と記されていることが、すでに古鐘研究者によって報告されている。
 この梵鐘の所在については、仙崎の関係者から佐名伝に問い合わされるまで全く知るところ
ではなかった。その問い合わせが「大淀町史」編纂の機運が高まりつつある時期と重なり、町
教育委員会により調査がされて掲載されたことであった。
 この梵鐘により、称林寺の存在が判明したが、未だ寺院についての資料はない。その後梵鐘のみが
移動したと考えられる。
明治30年代に仙崎港の漁業は交通の発展により盛んとなり、漁船の船出・寄港に関して連絡する
鐘として漁業関係者によって購入されたものである。高台にある寺院に取り付けられ、漁への連絡
鐘として貢献した。